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2020説教集ー田中牧師-

「ひとりではない」ヨハネによる福音書16章25~33節

小さい頃に、一番怖かったことは何であろう。おそらくそれは「迷子になる」ということではなかったか。実際に、幼少期は迷子になるものである。昔はデパートやショッピングセンターで、よく「迷子のアナウンス」が流されたものである。「♪~歳くらいの~色の...
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祈祷会・聖書の学び ローマの信徒への手紙2章1~16節

こういうコラムに出会った。不要不急のことをあえてやる、と言ったら叱られるだろうか。もちろん直ちに必要のない外出は厳に控えなければならない。でも家の中でなら、普段はあまりやらないことに取り組んでもいいはずだ。連日のように自粛、自粛と聞かされて...
2020説教集ー田中牧師-

「わたしが選び出した」ヨハネによる福音書15章18~27節

吉野弘氏の詩に「虹の足」という作品がある。私にとって「榛名山」という故郷になじみの山も登場するので、何とはなしに身近な思いがする。「雨があがって/雲間から/乾麺みたいに真直な/陽射しがたくさん地上に刺さり/行手に榛名山が見えたころ/山路を登...
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祈祷会・聖書の学び テサロニケの信徒への手紙二1章1~12節

「新型コロナ・ウイルス感染症」の蔓延を受けて、現在「自粛」「巣ごもり生活」を余儀なくされている私たちである。所在のなさを紛らわすために、個々人でいろいろな過ごし方を工夫していることであろう。普段まとまった時間が取れず疎遠となっていた手芸や音...
2020説教集ー田中牧師-

「行きたくないところに」ヨハネによる福音書21章15~25節

「大昔で、そこには今もマンモスがいるの」、「人魚たちが水の中に住んでいるの」「そこには大きな大きな、すごく大きな砂場があるの」、「そこは秘密の世界で、人は地面の下に住んでるの」、「星に手が届くの」、「チョコレートの湖」、「地下にクジラがいる...
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祈祷会・聖書の学び テサロニケの信徒への手紙一2章13~20節

「咲く」と「幸い」。古い日本語では根っこ(語根)が同じ言葉であると考えられている。。「幸い」は古語で「さきはひ」と言う。「さき」は「さく」の名詞形。「はひ」とは、ある状態がずっと続くこと。長い縄を使う延縄(はえなわ)漁の「はえ」もそれに当た...
2020説教集ー田中牧師-

「イエスは来て」ヨハネによる福音書21章1~14節

山口県の郷土料理に「うずめ飯」という品目がある。一見、ご飯にただ出汁を掛けた具のないお茶漬けに見える。ところが、ご飯の下には、新鮮な鯛や野菜が隠して敷き詰められているという具合である。この食べ方の起源については、質素倹約を強いられた江戸時代...
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祈祷会・聖書の学び ペトロの手紙一5章1~14節

毎日新聞4月8日付の「余禄」にこういう文章が記されていた。昔の寺子屋の絵を見ると、自由というか、雑然というか、実におおらかなものである。机の置き方もみんなばらばら、まじめに手習いをする子、いたずらや落書きに熱心な子、師匠の後ろで立たされてい...
2020説教集ー田中牧師-

「鍵をかけていた」ヨハネによる福音書20章19~31節

こういう新聞コラムを見かけた。「国民に在宅を促すため、大統領の命令でライオンとトラ800頭が全土に放たれた」。新型コロナの感染防止に、大統領が外出自粛を呼び掛けているロシアで広まったうわさだ。世界中で犠牲者が急増しているコロナ禍は大災害に匹...
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水曜祈祷会・聖書の学び ペトロの手紙一2章1~10節

皆さんに「おふくろの味」といえる食べ物があるだろうか。決して高価ではないが、美味しく、懐かしい郷愁の味である。私の世代ならば、「煮物や煮付、漬物、味噌汁」の類だろう。以前、あるアメリカ人と「おふくろの味」について話した時に、彼は「ステーキか...